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猫村さんと亀山さんと立花さんたちの日常(仮)

東海道と恩賜公園 (箱根旅行 その4)

箱根旅行の続き、その4です。
 (その1はこちら →蒲鉾と外郎 (箱根旅行 その1)
  その2はこちら →箱根駅伝往路 (箱根旅行 その2)
  その3はこちら →箱根駅伝復路 (箱根旅行 その3) )

箱根はその昔、天下の険と呼ばれた土地であり、東海道の京と江戸を行き来する通行者の監視を行っていました。
「通るために使っていた手形」には所持している人物の特徴が記載されており、これにより簡単に通過できたそうです。
ただ実は手形はなくても通過できたとか・・・
しかし不審に思われたり、入念な検査の煩わしさから、ほとんどの人が手形を用意したみたいです。

江戸時代末期の大政奉還により明治政府が出来た後、皇族の避暑や外国からの賓客を
もてなすために芦ノ湖湖畔に箱根離宮が造営されました。
ここからの富士山や芦ノ湖の眺めを楽しんでいたんでしょうね。






旧東海道の杉並木。
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過去に箱根町教育委員会が枯れた杉の樹齢を調べたところ、350年だったそうです。
当時から逆算して1660年くらいに植えられたとのこと。
実際に見ていると幹はとても大きく、それらが並木となっている姿は壮大です。



箱根関所。
慶応元年 (1865年) に記された「相州御関所御修復出来形帳」を元に復元したそうです。
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これは大番所と呼ばれた建物であり、右側には江戸口の門があり、左側には京口の門があります。
江戸時代、商売をする人たち、江戸と地元へ行き来する人たち、いろいろな人たちが通ったと思います。
例えば、江戸城・松の廊下事件による浅野内匠頭の切腹と赤穂浅野家取り潰しを知った、大石内蔵助は大急ぎでここを通ったのでしょうね。



恩賜箱根公園。
昭和21年 (1946年) 3月、離宮は神奈川県に下賜され、同年5月に一般開放されました。
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綺麗に整備されています。
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富士山がきれい。
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別の道はこのように木漏れ日あたる小道になっていて、様々な姿を見せてくれる公園でした。

 
by baratie2008 | 2008-10-26 17:48 | ・旅行

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